治療行為は、原則としてエビデンスに基づく医行為でなければならない。しかし、診断の過程及び治療の過程では、検査と臨床推論が必要であり日々の診療には常に臨床推論が重要である。
患者の主訴(医療面接により聞き取る)、検査結果等に基づき臨床推論により疾病の診断が行われ医行為(治療行為)が行われる。
その治療行為で疾病が完治すれば問題ないが、改善が見られないこともしばしばである。その場合は、再度の検査、医療面接、臨床推論が行われ、診断が行われる。しかし、往々にして高齢で原因が不明だと「加齢が原因です」とか「ストレスですね」とか科学的根拠のない診断をしてしまいがちである。若い患者の命は重要だが高齢者は死んでも仕方ないとの風潮が医療界には存在するのが現実である。我が国の産業界等においては「できない理由を並べるのではなくできる方法を考える」団塊の世代が頑張ってきたように思える。現代の若者はまずできない理由を挙げることが先決で、できる方法を考えようとしない。崩壊する国の兆候に思えるが、どうであろうか。診断のつかない疾病について治らない疾病と決めつける方が楽である。
そこには、大学医学部教育の弊害のみならず現代の詰め込み教育の弊害があると考える。医学部の入学試験も医師国家試験も記憶力の優れた者が合格し、思考力は二の次である。そのために臨床推論は苦手な医師が多いのである。人間の頭脳は2種類あると考える。それは、記憶力に優れるか、思考力に優れるかである。この頭脳の作用は相反する傾向にあり、記憶力に優れる者は思考が苦手で、思考力のある者は記憶が苦手な場合が多いことを知らなければならない。
医療人は、丁寧な医療面接、臨床推論により、正しい診断ができることも更に強く認識しなければならない。思考力の苦手な医療人は、思考力のあるスタッフと共同で臨床推論を進めれば問題は解決する。





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